【代表ブログ】「支援という名のお世話」に潜む優越感を解体する。凸が毎朝のミーティングで『完全なる対等性』を厳しく問い続ける理由
- 遠藤 一歩
- 6 時間前
- 読了時間: 4分
こんにちは!福島市就労支援凸です。
本日のブログも、代表の遠藤が日々の気づきを記録しているデータから、
福島市就労支援凸の支援の根幹である「対等性」についてお届けします。
今回のテーマは、
福祉業界に無意識に蔓延する「健常者と障害者の不健全な上下関係」に対する、
遠藤の強い危機感と怒り、
そしてスタッフへの厳しい指導の裏側についてです。
少し熱く、そして厳しい内容になりますが、
ぜひ最後までご覧ください。
◆「健常者が障害者を支援する」構図の裏にある気持ち悪さ
世の中には、
人間を「障害者」と「健常者」の2種類に分けるような
謎の思い込みが蔓延しているように感じます。
そして障害福祉の仕事においては、致し方ない人間の摂理なのかもしれませんが、
「自分より弱い存在である障害者を、健常者が支援する(お世話をする)」
という構図が成り立ってしまっています。
遠藤が非常に強い「気持ち悪さ」を感じているのは、
一部の健常者が、支援という名のお世話をすることで自身の自尊心を満たし、
生きがいにしているようなマインドセットです。
遠藤自身が障害を持つ子の親だからこそ、
この「強い者と弱い者」という上下関係のもとで現場の支援が行われることを、
心底嫌悪しています。
◆「行動」ではなく「人格」を否定する支援者への警鐘
障害とは「不便な身体」によるもので、
本人が自分の選択で持って生まれてきたわけではありません。
たまたま不便を感じない体に生まれた人が、
たまたま不便な身体を持つ人を見下すことは、
決してあってはならないことです。
支援の現場でよくあるのが、
健常者の支援者が「こうすればできるようになるよ」
とアドバイスをしたのに、
本人がやらない(できない)場面があります。
その際に、
「あの人はやらない、できない人だ」と
その人の『人格』までを含んで否定してしまうことです。
しかし、もしその支援者自身が事故や病気で突然同じ不便さを抱えたら、
何もできなくなった自分自身を激しく否定することになり、
到底受け止めきれないはずです。
もし全く同じ身体、同じ環境で育ってくれば、
おそらく誰でも同じ人間(性格や行動様式)になっているのです。
行動やその背景を理解して改善策を考えるのは良いですが、
絶対に「人格」を否定してはいけません。
それが遠藤の考える「対等性」です。
◆コピー用紙の切り傷から想像する「一生の不便さ」
遠藤は自身の経験として、
「コピー用紙で指先を少し切っただけで、
痛みのことで頭がいっぱいになり、気が滅入ってしまう」
と語っています。
コーヒーカップを持つ際のほんの少しの切り傷から来る痛みを感じるだけで
「あーやだな」と思ってしまうような自分がいるそうです。
一生付き合っていかなければならない不便さ
を持っている方々の苦しみや劣等感は、想像を絶すると遠藤は言います。
だからこそ、その不便さを解消したいと
願う気持ちが強いのはごく自然なことです。
その欲望に近いそのお気持ちを利用したり、
上下関係を作って人格を否定したりするような思考を持つ人間を、
遠藤は「非常に気持ち悪い」とバッサリ斬り捨てています。
◆嫌われても妥協しない。毎朝60分の「対等性」チェック
人間は群れで生きる動物なので、
リーダーとフォロワーという上下関係を作ってしまうのは、
ある意味で自然なこと(摂理)かもしれません。
しかし、私たちはその「自然」に全力で抗わなければならないのです。
遠藤が目指しているのは、親が子に向けるような
「見下しがない、愛に溢れた健全な環境」です。
その環境を死守するため、
デコでは毎日朝に60分のミーティングを行い、
スタッフの言動に少しでも見下すような思考や上下関係を感じた場合は、
遠藤が見逃さずに厳しく指摘しています。
「おそらくスタッフには恐ろしく感じられている」
「嫌われながら日々指摘をしている」と遠藤自身も自覚しつつも、
この哲学だけは絶対に妥協しません。
なぜなら、
支援者側にそうした見下しがない環境を作らなければ、
不便さを抱えた方が「本当の安心」を得ることは絶対にできないと確信しているからです。
◆おわりに
支援する側・される側という枠組みを超え、
「一人の人間として絶対に見下さない、人格を否定しない」。
これが、福島市就労支援デコが徹底的に守り抜いている誇りです。
「今の事業所の雰囲気に違和感がある」
「対等な関係で自分と向き合ってくれる場所を探している」という方は、
ぜひ一度福島市就労支援凸にお越しください。
徹底してフラットで愛のある環境を整え、あなたをお待ちしております!
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