【代表ブログ】コミュニケーションの「事故」と「事件」。事実と感情を切り分ける凸(デコ)の支援哲学(前編)
- 遠藤 一歩
- 6 日前
- 読了時間: 3分
こんにちは!
福島市就労支援凸(デコ)の代表、
遠藤一歩です。
このブログは、私が日々の支援や運営の中で感じた
「気づき」を基に言葉にしています。
本日は、
発達障害や精神障害のある方と関わる上で
非常に重要となる、
「事実と感情を切り分ける」
というテーマについてお話ししたいと思います。
◆対等だからこそ、コミュニケーションミスは起きる
凸(デコ)の支援の根底には
「スタッフと利用者さんは対等である」という哲学があります。
そのため、
職員と利用者さんの居場所を分けず、距離を近く保っています。
また、加えて毎週1人25分ずつ
じっくりと作戦会議(面談)の時間を設けています。
コミュニケーションの量が多い分、
当然コミュニケーションミスが起きる確率も高くなります。
利用者さんとのコミュニケーションミスは、
発達障害や精神疾患による独自の認知があるため、
そのリスクは避けられません。
しかし、
私たちはそのコミュニケーションの機会を減らすことはしません。
なぜなら、
ミスや摩擦が起きることは、
ご自身が自分の「認知の独特さ」
に気づくための貴重なチャンス(機会)でもある
と考えているからです。
◆事故が「事件化」してしまうメカニズム
ここで、
私が考える「事故」と「事件」の違い
について触れたいと思います。
何かの意図を持って引き起こした事象が「事件」、
意図がないのに起きてしまった事象が「事故」です。
例えば、
誰かのふとした一言(事故)が引き金となり、
過去のトラウマがフラッシュバックして
心身の不調を引き起こしてしまうことがあります。
さらに、
フラッシュバックが起きると、
現実と過去の記憶がごちゃごちゃになり、
事実が誤って書き換えられてしまう
「転嫁」
という現象が起きることがあります。
私には全く意図がなかった(事故だった)
にもかかわらず、本人の記憶の中では
「遠藤さんにみんなの前で怒鳴られた!」
という悪意のある「事件」として記憶されてしまう
ことがあるのです。
◆謝るのではなく「事実を記録する」
このように事故が本人の中で
「事故の事件化」してしまった時、
私は安易に謝罪することはしません。
大切なのは、
そこで起きている「事実」をしっかりと記録
しています。
事件と事故は全く違うものであり、
我々ができるのは客観的な事実を記録として残すこと。
そして機会が訪れた時に、
その記録をもとにご本人と一緒に振り返り、
自分の認知の癖に気づいてもらうための資料とすることです。
後編では、
過去に私が経験した苦い出来事と、
それが現在の支援や企業様へのサポートに
どう繋がっているかをお話しします。
(後編に続く)
◆ 福島市就労支援凸(デコ) 自立訓練(生活訓練)・就労移行支援・就労定着支援 [見学・相談のお申し込みはこちら] https://forms.gle/GavsQwRRMJjKHFWZ9



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