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西川貴教さんに学ぶ PART1 ∼好きじゃないことをやりがいに変える方法∼

みなさんこんばんは!


前回更新から少し間が空いてしまいましたね。


前回は『精神科医療の未来絵図』に関する記事を書かせていただきました。


いかがでしたでしょうか?少し難しいなと感じた方もいらっしゃるかもしれませんね。


本日は比較的みなさんに身近なお話し、T.M.Revolutionの西川貴教さんから学ぶ『好きじゃないことをやりがいに変える方法』をお伝えしようと思います。


ただし、今回のシリーズは障がい者に特化したお話しではないので悪しからず


それではいってみましょう!


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【本日のテーマ】

T.M.Revolution 西川貴教さんに学ぶ お仕事シリーズPART1 ∼好きじゃないことをやりがいに変える方法∼



まずは軽く西川さんの生い立ちを見てみましょう。


 

1970年 滋賀県彦根市に生まれる

1989年 大阪府で「ルイ・マリー」というヴィジュアル系バンドを結成

 (※同期にLUNA SEAL'arc∼en∼Cielなど)

画像参照:vkgy     ヴィジュアル系バンド『ルイ・マリー』


1991年 メジャーデビュー

1993年 音楽性の違い売り上げ不振などでルイ・マリー解散

1995年 accece浅倉大介の楽曲にボーカリストとして参加、浅倉大介トータルプロデュースによる『T.M.Revolution』がスタート。浅倉大介さんと下記3つの約束を交わしたが、デビューから2年8ヶ月後に達成


  1.シングルオリコンチャートで1位を獲得

  2.アルバムでミリオンセラー達成

  3.国内最大級の東京ドームでライブ


1997年 『西川貴教のオールナイトニッポン』スタート、紅白歌合戦出場

1998年 紅白歌合戦出場

1999年3月18日 T.M.Revolutionの活動を“封印”

2000年 ミュージカルリトルショップオブホラーズ』、TBSドラマビューティフルライフ』出演

2000年5月 T.M.Revolutionの活動を再開

2001年2月 15thシングルで浅倉大介さん最後のプロデュース、以降西川貴教さんのセルフプロデュースになる



と、2021年まで辿っていくとかなり長くなってしまいますので、この辺で止めておきましょう。



今年51歳になられる西川貴教さん、T.M.Revolutionの初期頃から知っていらっしゃる方は、彼は本当に多彩な方だな~と思っている方が多いと思います。



歌手としての活動はさることながら、ラジオDJ俳優滋賀県観光大使ニュース番組バラエティー番組に出演、筋トレガンダムアニソンなど様々なことにトライしているイメージがありませんか?以前明石家さんまさんが「俺の後継者は西川や」と言っていましたし、ダウンタウンの松本さんも「音楽界で一番おもろい」とも言っておられました。




さて、前置きはこの辺にしてそろそろ本題に入っていきましょう。



このシリーズのレジュメは以下の通りです。


自分でやりたくて始めたことなんてほとんどない

人に言われてやったことなら挫折なんてする必要ない

仕事を振られることは『チャンス』

『たこ足』だから生き残られた

自分の引き出しを増やして判断力を磨く

まわりに評価されたらそれが生きがいになる




1.自分でやりたくて始めたことはほとんどない


西川さんは1989年に「ルイ・マリー」というバンドをやっていました。1991年にはメジャーデビューを果たすも、その後は売れることもなく、また音楽性の違いなどからバンドは1993年に解散してしまいます。ルイ・マリー時代の曲はすべて西川さんが作詞をし、音楽性の違いを訴え解散のきっかけとなったのも西川さんだったそうです。



そのため、他のメンバーからは「バンドを解散させたのはお前(西川さん)なんだからお前は音楽を続けろよ」と言われたそうです。それからしばらくLUNA SEAなどの同期はどんどん売れて行き精神的にも経済的にも苦しい時代が続きました。



そのような中で「こんな曲をやってみないか」とか「こんな形でやってみないか」という話が舞い込んできたそうです。それが下の画像の多くの方がイメージするT.M.Revolutionでした。

画像参照:amazon.jp


ルイ・マリー時代の雰囲気とはまったく違いますよね。



そうです。ルイ・マリー時代は西川さんがやりたいことを実現しようとしたバンド、T.M.Revolutionは外部からの提案で生まれたバンドで、西川さんが本来やりたいような音楽ではなかったそうです。ましてや上の画像のような衣装など着て歌うなどはまったくもって本意ではなかったとは思いますが、とりあえず言われたことを120%の力で取り組み続けたそうです。そしてそれを続けて行くうちに徐々に形になっていきました。



それを続けて行くうちに「歌が歌えるんだからミュージカルもやってみない」とか「しゃべれるんだからバラエティー番組もいけそうだね」「映画のキャストはどう?」とか少しずつ色々な話が舞い込んでくる様になったそうです。そういった形でT.M.Revolutionの仕事を120%の続けて行くうちに枝葉がどんどん広がるように仕事の幅も広がっていったのです。



そんな中で「自分はこうでなきゃならない」とか自分の可能性の幅を自分で狭める考えを止めるようになっていったそうです。自分の魅力や強みは自分よりも第三者の方が分かっている場合もあると感じたそうです。



西川さんは、最初はバンドがやりたい、バンド以外やりたくない、ましてやソロなど考えたくないと自分の考えに固執していたそうです。そういった西川さんの性格を見ていた当時のレーベルなどが「キミはソロの方が向いてるね」と西川さんに提言したのです。



バンド以外やりたくなかった西川さんは「自分の性格をまったくわかってない!!」と最初は困惑したそうですが、ソロ活動を続けて行くうちに自分自身では気が付かなかった自分に気が付くようになり「実は自分はソロの方が向いているのかも」と感じるようになっていきました。



そして自分の中の素養を第三者に見つけてもらう、そういう連続が今の西川さんを作っていると考えるようになったそうです。





まだチャプター①なのに予想もしない文章量になってしまいましたね。。。




今回のポイント

自分で思い込んでいる自分は実は勘違いしている場合がある

自分の素養は第三者の方が見えている場合がある

好きでないことでもある程度続けることによって、新しい可能性が生まれることもある

とりあえず食わず嫌いはせずに色々なことにチャレンジ。やってみないとそれが本当に向いているか向いていないか分からない





西川貴教さんのストーリー、まだまだ続きそうですが乞うご期待!!





ではまた!!






画像参照:SUUMO

参考資料:新R25編集部

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