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声を出すことの大切さ ∼前編∼ (1058Words)

ピアサポーター

更新日:2022年5月13日

今回のお話は



ひきこもり生活を送っていて家族以外の人との会話がほとんど無い方


何らかの精神疾患があるが、ただ精神科に通院しているだけでデイケアや就労移行などの自宅以外の居場所を持っていない方


障害者雇用で在宅ワークをされている方



などの方向けにすべて私の経験をもとに書いています。

もちろん上記以外の方でも読んで損はないように努力します。




絶望とともに過ごす日々




今から9年前、私は度重なる転職の失敗で、今まで踏み込んだことのない領域『絶望状態』

におちいってしまい、以来4年半をひきこもり生活に費やしてしまいました。



その中でも最初の半年間は本当に酷い状態で、病院にも通うことができず親が代わりに

行って薬をもらってくるという生活を送っていました。



その頃の僕は未来に希望などまったく感じることができず、

ただただ死ぬことだけを考える日々でした。



家族との会話もゼロ、一日まったく声を出さずに過ごす日が続き、

気付けば1ヵ月ほど経っていました



そのとき、「もう声は出さない」「誰とも話す気がしない」

「話しても障害が良くなるわけでもない」



『その勇気が湧いたとき、さよならしよう』



そんな気持ちになっていました。




深夜のオアシス



その頃の私の生活リズムは、起きる時間は適当(というか毎日後ろに少しずつずれていく)でしたが、



母親が寝る時間(=リビングから寝室へ向かう深夜1時頃)にリビングに誰もいなくなったのを確認してからリビングに行ってその日の食事をしたり、羽を伸ばしていました。



家族がリビングにいる時間帯はトイレ以外では5畳ほどの狭い自室にこもっていました。



眠れている時間帯はいいのですが、それ以外の時間は本当に苦痛で、酸素を吸うのも上手くいかず、部屋の中で独りゼーゼーゼーゼー苦しんでいました。



書きたくても書けないくらい、とにかく苦しかった。



なので、深夜リビングで過ごせる数時間だけがちょっとしたオアシスでした。



アメリカの通販番組もN〇Kの風景の番組もたくさん見ました。




ついに崩壊したダム



まったく声をださない日々が数ヵ月も過ぎ去った頃、

本人はまったく気が付きませんでしたが、



私の心のストレスダムはもはや決壊寸前まで溜まっていたようです



とある深夜、普段は1時くらいにはリビングから寝室に向かう母が、TVを見てたのか、

なかなか移動してくれず、私は苦しみながらリビングから人が消えるのを待っていました。



しかし、待てども待てども移動してくれない



そして、とうとう私のストレスダムは大きな音を立てて崩壊してしまいました・・・





後半へつづく

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