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初めて心から親に会いたいと思った日 【中編】 (1245Words)


前回の内容

双極性障がいと闘いながらの大学受験を何とか乗り越え、いるだけでストレス

だった実家を逃れた私。


独り暮らし10年しましたが1度もホームシックを感じたことがありませんでした。


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東京ライフ

東京の大学に進学し、双極性障がいを何とか薬で抑えながら大学を4年で卒業、就職は決まっていたのですが、どうしても学びたいことがあり3年間の夜間専門学校に進学しました。



昼間は働き学費も生活費もすべて自分でまかないながら生活していました。




薬のおかげとは言え、この3年間はよくがんばったなと今でも思います。




その後、無事その分野での就職が決まったのですが、新たに『吃音症』が出だしてから、それまでギリギリでバランスをとっていた精神が一気に崩れてしまいました。



その後、休職・転職を繰り返しながら、とうとう実家に戻らざるを得なくなりました。




10年のときを経て実家へもどる

時間の力もあってか、実家は10年前に比べて大分落ち着いていました。



結婚して弟は家から離れていたり、状況はかなり変っていました。



もちろん色々と問題は残っていましたが、当時のように逃げたいと思えるような状態では

ありませんでした。




福島へ戻った私はすぐに就職活動を始めました。




テーマは『吃音症を克服するためにあえて話す仕事をする




暴露療法的に吃音を克服しようとしたのです。




無事、すぐに就職(障がいクローズ)することができたのですが、暴露療法は完全に失敗、

吃音はどんどん悪化し、次第に会社に行くことに強い恐怖を覚えるようになりました。



実家に戻ってすぐ、2社の転職に失敗して私の心は完全に折れてしまいました。





4年半の絶望と苦し過ぎたひきこもり

心が完全に折れ、絶望し切ってしまった私は長い鬱のトンネルに入ってしまいました。




完全に寝たきりの生活、体中に床ずれができ、風呂も10日に1回入れるかどうか。



身体や頭が痒くて仕方ありませんでした。




唯一、寝ているときだけが楽でした。




あまり大きい声では言えませんが、日中でも苦しいときは睡眠薬を飲んで寝ていました。




いわゆる『寝逃げ』というやつですね。




次第に1回に飲む睡眠薬が増えていきました。




処方された睡眠薬をすぐに飲み切ってしまい、他の副作用で眠気をもよおす向精神薬を飲んで寝るようになりました。




これがどん底からさらにどん底へと私をいざないました。




次第に意識が朦朧としだして(その時はまったく気が付いていない)、毎日1時間程度しか眠れなくなってしまいました。




そんな日が1ヵ月近く続いた2017年の1月、私は風呂の浴槽の中で意識を失い、

溺れてしまいまいした。




もがき声に家族が気付きすぐに浴槽から引き上げられ、救急車で病院へ。






最終話へつづく

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